
八方尾根自然研究路を登り、八方池を過ぎてさらに尾根伝いに上っていくと、唐松岳へと導かれます。
なぜ人びとはこの山を唐松岳と呼ぶようになったのでしょうか。
標高2696m手軽に登山の楽しめる山名の由来・・・これは遠いはるか昔のお話です。

遠い昔、ダイダラボッチという、背が雲にまでとどくような巨人が、夜ふけに信濃の国の西條湖という湖のほとりを通りかかりました。
巨人は夜の世界を旅する者です。
するとどこからか
「たのむで、どうか踏まなんで」
そんな声が聞こえてきます。
「おれに話しかけたのはだれだあ!」
巨人は周りの木々がざわめくほどの声でそういうと、暗闇でもよく見える目を見開きました。
「ここんだね、ここだいね、ここ」
巨人の足元に小さな唐松がちょこんと生えています。
「なんだ、おまえか。そんな水の近くにいたんじゃ、いまに湖の底に沈んでしまうぞ」
そういって体をかがめると、唐松を根っこからひょいと抜き取りました。
「なあ、ちびっこや、おれがおまえをこのあたりで一番高いっやまのてっぺんに植えかえてやるでな。
そこなら水に沈まねえし、見晴らしもいいってもんだい」
そういいながら四方の山を見回しました。そして一番高そうだった木曽の御嶽まで腕をのばしました。
「ここでうんとでっかくなって、このきれえな国をずっと見おろしているんだぞ」
巨人は山頂の土を小指の先で掘り返すと、そこに唐松を植えようとしました。
そのときです。
『ケッコ、ケコッコ、コケコッコー』
森の中からニワトリの鳴き声が聞こえたかと思うと、とつぜんはるか向こうの海から太陽がのぼってきました。
「うわっ、こりゃえらいことだ。お天道様がおいでなさったあ」
昼の嫌いな巨人はあわてて太陽に背を向けると、どしんどしんと大またで逃げ出しました。
そしてそのときに手に持っていた唐松をひょいとどこかに放り投げてしまいました。
気がつくと巨人は雲をかきわけながら北の空のかなたに消えていきました。
このときに巨人がつけた大きな足跡は湖や沼となって、今でも信濃の国にたくさん残っています。
そして巨人の手からはなれた小さな唐松は今の白馬村にある形のよい美しい山の山頂に落ちました。
それからそこにしっかりと根を張り、ぐんぐん背を伸ばしてみごとな唐松に成長したそうです。
このころから、村の人はこの山を『唐松岳』と呼ぶようになったそうです。

