
白馬の絶景ポイントとして名高い大出の吊橋付近のお話です。
大出の吊橋に程近い場所に今も残る大出観音堂。
ホテルイベントの『朝のお散歩』で通ることがありますが、そこに伝わる昔話です。

むかし、大出村に佐助、きぬという働き者で仲のよい夫婦が住んでいました。
二人はやがて子を授かり、清吉という名をつけました。
きぬは産後の肥立ちが悪く、満足に乳も出ませんでした。そのことに大変困った佐助が近所に住む人から
「大出の観音様はご利益がある」という言葉を聞き、その言葉を信じてお堂へ行って観音様にきぬのお乳がでるようにと熱心にお願いしました。
毎日観音様にお願いを続けると、ある夜に佐助の夢の中に観音様が現れ
「佐助や、観音堂にお米を供え、それを持ち帰って粥にしてきぬに食べさせよ」とお告げになりました。
夜明けと共に佐助はお米をもって観音堂へ行き、米を袋ごと観音様にお供えし
「観音様、どうかきぬの乳が出るようにしてくだされ、お願い申します」

そう言って一心にお願いしました。
そしてお米を持ち帰りお粥をこしらえてきぬに食べさせました。
すると、うそのようにきぬの乳が張ってきて、抱きかかえた清吉に乳を腹いっぱい飲ませてやることができました。
「これも観音様のおかげだいね」
佐助夫婦はとても喜び、観音様へ早速行って何度もお礼を言ってかえりました。
その後、清吉はすくすくと育ち、村の子供たちと毎日お堂の近くで遊んでいました。
そんなある日のことです。
清吉はお堂の扉を開けて中に入り「観音様、いつもそこで立っているだけじゃつまらねぇずら、どうだいおれたちと一緒に遊ばねかい」
そういって観音様を抱きかかえて外に持ち出しました。
それを見ていた近所の子供たちも集まり
「清吉、おれにも貸せろや」「次はおれだじ」
と次々に観音様は手から手へ渡り、大さわぎになりました。
そんなさわぎが何日か続きました。ある日そこに佐助が通りかかりました。さわいでいるのを目にした佐助は観音様を持ち出して遊んでいる子供たちを見て、
「おいおめたち、なんてばち当たりなことするだや。早くお堂にかえさなけりゃ、えれえことになるぞ」と目をまん丸にして怒りました。
えらい剣幕で怒る佐助を見て、子供たちは驚いて観音様を放り投げて逃げていきました。
観音様を拾い上げようとした佐助は観音様の両手が折れているのに気がつきました。
「子供たちはなんてことするだや。ばちがあたらなけりゃいいが・・・。」
佐助は折れた手をつなごうとあれこれ考えましたが、どうすることもできず、そのままお堂の須弥壇の上へおきました。
それからしばらくたったある日のこと。佐助は仕事を終えて家へ帰ると「どうも気分が悪いで、おら寝るわ」
そういうと床にふせったきり突然高熱を発し、七日七晩苦しみました。
清吉は父親が苦しむのを見て泣きながら言いました。
「おれが観音様を引っ張り出して外で遊んだもんでばちがあたって父ちゃんが病気になっちまった。おらどうしたらいいずら。。。」
それを聞いたきぬは
「おまえ、そんなことしただか。観音様に申し訳ねえぞ。あしたはお堂に行っておわびしなけりゃ」
といい、翌日観音様へお詫びをしにでかけることになりました。

そんな話をした夜のこと。うなされている佐助の夢の中に観音様が現れて悲しそうに言いました。
「これ佐助、わしは手が折れたくらいでは平気なもんだぞ。それより子供と遊べないほうが辛いのじゃ。
おまえが子供をしかりつけてからだれも遊びにも来てくれなくなったではないか。わしはさびしいぞ。」
佐助は観音様の気持ちを知り、次の朝、日が出るのを待たずにきぬに体を支えてもらいながら観音堂に行きました。
佐助夫婦が観音様にむかって一心にあやまっているうちに佐助の熱はすっかりさがりました。格子戸の目を通してさしこむ朝日をうけて、
観音様はうれしそうにほほえんでいるようでした。
清吉も佐助の病気が治ったことを知り、近所の子供をさそって観音様が待っているからお堂に入って遊ばないかと張り切って遊びに行ったそうです。
今なお大出の観音堂には両手の折れた観音様が静かに立っています。
また、きぬの乳が出るようになり、佐助の病気が治ったりしたことから観音様にお願いする人が増え、遠くの村からもお参りにきたそうです。

